生前贈与(110万円控除の暦年課税)が認められなくなる? 生前贈与をひもとく①

☆2021年12月23日追記

・2021年12月10日対外公表の「令和4年度税制大綱」は、「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税」、つまり「暦年課税」贈与の課税強化の具体策を盛り込みませんでした。

ただ、今後の課題として「本格的な検討を進める」と引続き明記しています。より詳しくは、以下の記事をご参照ください

〇【令和4年度税制改正大綱】 注目されていた「暦年課税」制度については、改正(見直し)なし

2021年7月31日発売の週刊東洋経済が、「生前贈与がダメになる 相続の新常識」という特集を組みました。

この「生前贈与がダメになる」との発端は、「令和3年度税制改正大綱」の「基本的考え方」にて、
・諸外国の制度を参考にしつつ、
・「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税」する観点から、
・現行の贈与税の課税制度のあり方を見直すなど、
・「本格的な検討を進める」、
と明記されたことです。

この大綱が発表されたのは、昨年(2020年)の12月10日。
そして、その12月10日から年末までの約20日のうちに、相当な金額の「暦年課税」贈与を実行された方が結構おられる…と聞きます。

この夏は、そのほかの週刊ビジネス誌も、相続税を中心にした富裕層向けの節税術の特集記事を組むなど、政府による課税強化の動きを念頭に置いた発信が目につきます。

これらを背景に、年内に、思いきった額の「暦年課税」贈与を検討されている方は、少なくないと思います。

今日から、何回かに分けて、
・なぜ「暦年課税」は問題視されているのか、政府検討の方向性や見通し、
・贈与の基本、
・贈与契約書作成の際のチェックポイント、
・生前贈与を行うときに心がけたいこと、
などを記します。

贈与税の概要

今の贈与税の課税制度には、原則的な課税方式である「暦年課税」と、一定の要件に該当するときに選択可能な「相続時精算課税」の二つがあり、贈与者ごとに異なる課税方式を選択することができます。

とりわけ、「暦年課税」による贈与は、
・毎年、受贈者ごとに基礎控除額110万円の贈与分までの贈与税は非課税、
・基礎控除額以下の贈与ならば、申告も不要、
・相続開始前3年以外の贈与は、相続財産に加算されないため、確実に相続財産を減らせる、
・さらに、贈与する人および贈与を受ける人につき制限なく、事前の届け出も不要、
などの特徴があります。

・好きなときに、
・好きな人へ、
・好きな金額(もちろん、110万円以上は課税されますが)を
贈与できるため、あたり前のように使われています。

なお、贈与税は、「財産をもらう人=贈与を受ける人」に課せられます。

人の死亡により遺産が移転するときに相続税は課税されます。
この負担をできるだけ減らそうとして、生前に、子どもや配偶者に財産を贈与することが考えられます。

このような手段が ”のほうずに”認められれば、相続財産を少額におさえること(あるいは、ゼロに)できます。
相続税という課税システムが ”骨抜き”にならぬよう、「贈与」という行為に、それも「贈与を受ける人」に着目し、贈与税を課します。


〇 贈与税の概要(「暦年課税」と「相続時精算課税」)

暦年課税相続時精算課税
贈与する人制限なし60才以上(贈与年1月1日現在)
贈与を受ける人=納税義務者制限なし20才以上(同上)の推定相続人、孫など
※ 2023年4月1日以降は、贈与年1月1日で18才以上の推定相続人等
控除額110万円累計で、2,500万円以内(特別控除)
税率10%~50%の累進税率
(父母・祖父母等からの贈与は、税率緩和)
一律20%
申告要否110万円以下は、申告不要毎年必要
(「特別控除の適用により、贈与額ゼロ」の年も)
届け出要件なしあり
相続財産への加算(相続時)相続時開始前3年以内の贈与財産この制度を適用した財産すべて

なぜ「暦年課税(110万円控除)」は問題視されるのか?

財産4億円をお持ちのお母さま(配偶者は、既に他界)、ご家族(相続人)はお嬢様ひとり、というご家庭を想定します。

お母さんからお嬢様へ、
ケースA:生前の暦年贈与は、一切行わない
ケースB:今年から毎年500万円づつの暦年贈与を、10年にわたり行う(計、5,000万円の移転)、
と、ケース分けのうえ、お母さまは今から14年後に他界される、とします。

今の税制が続くと仮定しましょう。
・10年間贈与税額
相続税額
を試算すると、下表のようになります。

暦年贈与なし(ケースA)暦年贈与あり(ケースB)(B)-(A)
贈与税額(①)0円485万円
(贈与総額 0.5億円)
+485万円
相続税額(②)9,180万円
(遺産総額4億円)
6,930万円
(遺産総額3.5億円)
△2,250万円
合計(①+②)9,180万円7,415万円△1,765万円

つまり、
①お嬢様は、「暦年贈与あり」ケースでは、10年間で、贈与税額を計485万円(毎年48.5万円✖10年)納付。

②が、遺産総額は4億円から3.5億円に減ることから、相続税は6,930万円と、「暦年贈与なし」ケースと比べ、負担額は 2,250万円減少。

③①と②より、「暦年贈与あり」の贈与税と相続税の合計額 は7,415万円と、「暦年贈与なし」ケースと比較し、1,765万円減少
と、なります。

なお、上記のお母さんの当初財産額を4億円から1.5億円へと約4割相当に圧縮させたケース(他の条件は同一)でも、下表のように、相続税と贈与税の合算の税負担は、1,155万円の減少となります。

暦年贈与なし(ケースA)暦年贈与あり(ケースB)(B)-(A)
贈与税額(①)0円485万円
(贈与総額 0.5億円)
+485万円
相続税額(②)2,860万円
(遺産総額1.5億円)
1,220万円
(遺産総額1億円)
△1,640万円
合計(①+②)2,860万円1,705万円△1,155万円

このように、現行税制では、生前の資産の移転の金額や回数によって、生前贈与と相続を通じた資産の総額にかかる係る税負担を減らすことが可能です。

理論的には、贈与税の実効税率(贈与財産の価額に対する贈与税率の割合)が相続税の実効税率(課税遺産総額に対する相続税額の割合)より低い範囲で、財産を贈与すれば、上記の総額の税負担は減少します。

政府は、これを「資産移転の時期の選択に中立的」でなく、格差を固定化しかねないなどと問題視しているのです。

そして、「令和3年度税制改正大綱」の「基本的考え方(相続税・贈与税のあり方)」末尾の諸外国の制度を参考にしつつ(中略)資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める(i.e., ほんとに、やるぞ!)」の記載につながりました。

政府検討の方向性、見通しなど

政府検討の方向性

この大綱に先立つ、2020年11月13日の 内閣府・第4回税制調査会の資料(※)から、上述の「本格的な検討」の方向性は、以下のようにうかがえます。
※ 政府の問題意識も、詳しく分かります。ご関心ある方は、こちらを クリック


1.「暦年課税」を廃止して、すべての贈与は「相続時精算課税」とする。

もしくは、

2.相続税法の一部を改め、相続開始前の「暦年課税」贈与の加算期間を、現行の3年前から、例えば、10年前、あるいは、15年前まで さかのぼって加算する。

前者「1」は、アメリカの税制、後者「2」は、ドイツやフランスの税制に近いものです。

見通し

税理士の間では、「令和4年度税制改正で、上記のようなことが織り込まれる可能性は高い」と言われています。

その改正の施行時期は見通せないものの、私も、「相続税と贈与税の一体化」は近い将来に必ず起こる、とみます。

・税制改正大綱の「基本的考え方」に、「本格的な検討を進める」と明記されたこと、
・与党の要人も、意欲を示していること、
などからです。

加えて、底流にあるものとして、近年の贈与税にかかる改正が「軽減・緩和」から「課税の強化・制限」へ舵(かじ)をきっていることも見逃せません。

下表は、財務省の各年度の「税制改正パンフレット」を基礎に、過去10年間の贈与税の主要改正項目をまとめたものです。

〇贈与税の主要改正項目

年度課税の強化・制限軽減・緩和
2012・住宅資金等資金贈与の拡充
2013・贈与税(暦年課税)の最高税率引上げ・子や孫等が受贈者となる場合の税率(暦年課税)構造を緩和
・相続時精算課税贈与の適用対象者範囲拡大
・教育資金一括贈与の創設
2014
2015・住宅資金等資金贈与の拡充(非課税枠、最大3,000万円に)
・結婚・子育て資金一括贈与の創設
2016
2017
2018
2019・教育資金一括贈与の一部見直し
(受贈者の所得要件設定ほか)
2020
2021・教育資金および結婚・子育て資金一括贈与の、一部見直し
(孫等の場合、相続税額の2割加算ほか) 

まとめ

親や祖父母は、子や孫などに対し、財産や想いを賢く届けたいものです。

タックス・プランニングの観点で、令和3年中の「暦年課税」贈与の検討は、重要と考えます。「より早く始める」は、鉄則です。


仮に、令和4年度税制改正が「無風」であったとしても、「効果の高い方法で、心のこもった贈与」を検討されることをおすすめします。

以上

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