認知症であった被相続人の為に立て替えた生活費等は、相続税法上の”債務”になるのか?

「認知症をわずらう親や親族の生活費や医療費等を、立て替え払いしてきた。が、その肉親に、相続発生」、「これら立替金は、相続税の計算上の“債務”になるか? また、注意点等は?」と考えさせられる出来事が、昨日、ありました。

わたくしの 京都市に住む叔父(92才。ひとり身)が、入院先より約50日ぶりに退院。わたくしが入院費を支払ったのですが、叔父に、それまでなかった認知症状が現れていたためです。

「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別事業)」によれば、85歳以上では、55%以上の方が認知症になるともいわれています。

認知症の高齢者の生活費や医療費を立て替え負担されている、お子さん・兄弟姉妹・甥姪(おいめい)は少なくないと考えます。

当然のことながら、その高齢者は「お金を、立て替えてもらっている」とは、認識されていないでしょう。

そのようなご家庭などで、相続が発生すれば、どのような取り扱いになるのでしょうか?

※ 叔父の入院先近くのJR「太秦」駅にて

叔父が入院していた病院そばのJR西日本駅「太秦駅」の掲示板

相続税法上、プラスの財産より差し引ける”債務”の範囲


相続人は、被相続人の現預金・不動産・株式などのプラスの財産だけでなく、借入金や未払金などのマイナスの財産、つまり“債務”も承継します。

そのため、相続税の課税ベースの計算上、これらの債務は、「相続税のかかる『プラスの財産』」より差し引けることになっています。

法令では、控除できる債務は、「相続開始のときに、現に存するもので、確実なものに限られる」と書かれています(相続税法14条)。

相続税の解説書籍などは、以下を例示しています。

  • 土地・家屋にかかる固定資産税の未払い分、
  • 銀行などからの借入金
  • 相続後に、相続人が支払った医療費
  • 賃貸不動産などの預かり保証金、
  • 水道光熱費や電話料金などの未払金、

など。

いずれも、書面、つまり、相手先からの通知書や請求書、あるいは、相手先との借用書や契約書などがあります。

「現に存する」そして「確実なもの」という、債務控除の条件をみたしますね。

これに対し、高齢者の認知能力が低下した(「『債務』を認識している」との立証は、不可能)のちに、親族が立て替え払いしたお金は、どのように考えれば良いのでしょうか? 

被相続人が認知症であったこと、かつ、お金の使い道を明らかにできれば、”債務”として差し引き可能

主な理由は、以下の二つです。

  • 「おじ・おば」と「おい・めい」を含む三親等以内の親族で生計を一にする者については、「相互の扶養義務を負う」と解されていること
  • ”債務が確実”であるかどうかについては、書面の証拠まで、必ずしも求められていないこと。

それぞれについて、少し掘り下げます。

扶養義務についての、税法上の扶養義務の範囲は広い


夫婦、そして、親子(直系血族)や兄弟姉妹間の扶養義務は、言うまでもないでしょう(民法752条、同877条第一項)。

「おじ・おば」と「おい・めい」に代表される三親等の親族についても、国税庁は、

  • 三親等内の親族で、生計を一にする者については、扶養の義務がある。
  • なお、扶養義務者に該当するか否かの判定時期は、相続税にあっては相続開始の時による、

と取り扱う旨、定めています(相続税基本通達1の2-1)。

認知症をわずらう方は、ご自身の判断で、必要な日常生活費・介護サービス費・医療費を支払うのは困難です。

そのとき、その三親等内の親族(ただし、直系血族・兄弟姉妹以外は、同一生計親族)が立て替え払いをするのは、扶養義務の範囲と言えましょう。

書面なくとも、“確実な債務”と認められます

同じく、国税庁は、「債務が確実であるかどうかについては、必ずしも書面の証拠があることを必要としないものとする」としています(相続税基本通達1の2-1)。

叔父の認知能力が低下したのを目の当たりにして、上記の取り扱いの重要性を感じました。

(実兄とともに、叔父を、入院先からそれまで入居していた老人ホームまで連れて帰ったのの、叔父はわれわれ兄弟のことが分からず。仮に、相続が“いま”発生しても、書面にて「債権と債務の存在が、関係間で認識されている」とは、とうてい証明できません)

ただ、納税者サイドは、扶養義務を履行するために支払った生活費や治療費の使い道を税務署にキチンと説明する必要があります。

金額が世間的に考え常識の範囲かを含め、エビデンスなどは整えておきましょう。

また、順番は前後しますが、被相続人が認知症をわずらったことを証する医師の所見なども残してきましょう。

おわりに

今回、入院をトリガーに、高齢者の認知能力が一気に低下することを痛感しました。

また、喜ばしいことながら、医療技術の進歩により、高齢者は認知症になられても長生きされます。

ただ、こうしたお年寄りを支える親族にとって、税金のお話は複雑です。

少しでもご参考になるところあれば、幸いです。